教育能力と研究能力
それに、「学生の評価」が授業に反映されるような仕組みが導入されはじめたことも大きいでしょう。
これはアメリカの大学ですでに実行されているもので、どんな研究能力がある教師でも、教育能力が低く、授業がまるでなっていない教師は、学生に人気がなく、評価が低くなります。
結果、授業の改善を促されることになります。
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ただし、教師間の評価には、教育能力は入っていません。この点では、アメリカも日本も同じです。
私は、教育能力は学生の評価を主体に、研究能力は教師間の評価を主体に、ということになればベターだと思います。
学生は、この教師に教える能力があるかどうかは、すぐにわかります。
しかし、努力しなくても合格点、高評価を要求する学生の存在を認めるシステムをとっている限り、公正な評価はできないでしょうね。
教師間の業績評価について活発な相互批判がない、許されない教授会システムをとっているかぎり、研究能力の評価はとても難しいことになります。
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教師を評価する「基準」は2つある。
よい教育者はよい研究者とは限らない。よい研究者はよい教育者とは限らない。
特殊な分野を除いて、たいていの場合、両者は離反します。だから、2つのうちどちらかにすればいいのです。
つまり教育を主体とする教師と、研究を主体とする教師に分ければいいわけです。
それと学生にとって興味のない科目と、興味のわく科目に分ければいいんです。
興味のわかない科目をとりたくない人は、とらなくてもいいシステムにすればいい。
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